その12
「一、句文に風雅と言事忘れるべからず」
一、一巻通して、一つ一つの句に忘れてはならぬことがございます
俳諧というもの、古くからございます良いもの、美しいもののほかに、
移り変わる今のくらしのあれこれ、普段のあたりまえの出来事など
読み込みまして、俳ともうします
こんなものを詠みまして、句といたしますとき
何よりも忘れてはならぬものが、
どのようなものの中にもある、美しいもの、人の心を動かすものを見つける心でございます
花はうつくしゅうございます、また月もしみじみと美しく、人の心に感じ入りますな
ですがな、月や花だけのことではございません、
世の中のもの、なんにいたしましても、よくよく見れば、月花と同じように、
それ以上に、しみじみと美しく、よいところがございます、
ともあれ見つける心を忘れぬことが大事でございます
「さび、しおり、細み しほらしきといふは風雅なり」
さて、見つけると申しましても、よいものと申しましても、雲をつかむような話で。
まずは、俳諧には俳諧の目の付け所がございましてな
まずは色、あたくしこれを「さび」なんぞと皆様にお話しておりますが
古くとも古ければこそ出てまいります落ち着いた味わい、
汚れておりましてもそれなりに物語のございます色は、味わいのあるものでございます、
句の色合い、言葉のなかにこの味わいをわすれてはなりません
生きておりますものはみな、それぞれの苦労がございます
人だけに限りませんことで、畜生も草や木もいきておりますれば、
それなりの憂いはあるというもので
何を見ましても、それを思ってやるんでございます
あたくしも、あなたさまも、みんな一緒でございます
この憂いから逃れられるってもんじゃぁありませんな
相憐れむってもうしましょうかねぇ、その気持ち、
「しほり」なんぞと申しておりますが、しっとりと思いやるということで
俳諧に志す方が、なにかを見ておりますと、これはおもしろいと思われるものに
でくわしますな、ちょっとしゃれた、ちょっとひょうきんな、
そんなものも俳諧では何よりのものと句にいたします
この見つけたときでございます、見つけたものを更によく眺めましてな
その後ろにある、人情や季節の趣、おもしろさまで目をやるんでございます
細かいもの、ささいなことから目を広げて見えぬものまでみる
「ほそみ」なんぞともうしておりますな
なにごとにつけ、力自慢はみっともないことでございます
本当のところ、まことの力なんぞ、あるようでないもんでございますからな
お互い至らぬもの同士、力の無いもの同士
それで世の中釣り合っているという気持ち、
肩で風切るの、思い上がるの、は俳諧ではございません
「しほらしき」気持ちを大事にいたすのでございます
「この心がけなければ、或は平話の句はただ事となり、或は無骨、或は野鄙に心賎しく
又、道理に落ちて、俳諧連歌の本意を失う事、道において甚、大切のことならん 」
この見る心というものが無いとどうなりまする
なるほど句は詠まれましょう
がしかしでございますね
心がないと、その句はただの話、床や風呂屋の世話ばなしというだけでございます
またぎくしゃくと、情の無い句となり、人の心にいやなものを残す、薄汚い句、
詠む方の、心根が見透かされるような
そういうものしか詠めないものでございます
また、心がないと、理屈に落ちますな、
前にも申しましたでしょうが、理屈は世のまことであっても、俳諧のまことではございません
理屈に落ちれば、俳諧の本筋からとうに離れてしまうのでございます
俳諧の道に志せば、この道を参ろうと思われれば
これだけは何よりの大事、俳諧の大本でございます
なによりも、この俳諧の目ということ、大切に励むことでございます
「俳諧は謡物なる事、心得べし。
名聞のために風流をおとし、物ごのみして徳をうしなふ。
此事常にいましめおしえ玉ひき。」
俳諧は能、お謡と思ってくださいまし
俳諧の、百吟であれ歌仙であれ一巻はこの能でございます
詠まれる方は、役者でございます、
そうなれば筋を読み、前句の景色に溶け込み、その心を読んで答える
至極あたりまえのことと存じます
役者というもの、神代の昔より、世のつれづれをその世の人々になりきり
面白おかしゅう、ときには、悲しゅうに語り、ひとを楽しませるものでございますまいか
役者には自らというものはございませんな、
ただただ、あるのは話の中で、なりきっておる人ばかり、
俳諧の心ここにございます、
ご自分の聞こえ、名人の上手のといわれたいがばかりに
一巻の趣や、流れを台無しにしてしまうやら、
また、自分のお好み、好き嫌いなど、句に見え隠れして
せっかくの句のよいものまで、なしにしてしまう
自らが、演じております役からはずれているのでございますなぁ
このようなことは、いつも心しておかれますよう
これは終わりに、固く固く申し上げておきます
「山中温泉にして翁の物語玉へる事ども、あらあら書きとどめ侍る
元禄三年 金城
北枝誌す」
山中温泉にて翁の、つれずれにお話くださいましたことども
お聞きいたしましたあたくし北枝が概略のところ
書き留めさせていただきました
元禄三年 金城
北枝 記す
Top
Back